大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 昭和35年(行)7号 判決

原告 小川明男 外一〇名

被告 長崎県知事

主文

一  被告が、原告ら(ただし、広とき、同登志子、同栄吉、同新次を除く)および亡広栄次郎に対し、別紙第一目録記載の各所有建物を昭和三一年九月一日までに除却することを命じた除却命令の無効確認を求める原告らの請求は、これを棄却する。

二  被告が、昭和三五年四月二六日付で、原告らに対し、右各所有建物を同年六月三〇日までに撤去することを命じた撤去命令の無効確認を求める原告らの訴および右命令の取消を求める原告らの訴は、いずれもこれを却下する。

三  被告が、右同日付で、前記除却命令について、原告らに対してした行政代執行の戒告の無効確認を求める原告らの請求は、これを棄却する。

四  右戒告の取消を求める原告らの訴は、これを却下する。

五  訴訟費用は、原告らの連帯負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告が、原告ら(ただし、広とき、同登志子、同栄吉、同新次を除く)および亡広栄次郎に対し、別紙第一目録記載の各所有建物を昭和三一年九月一日までに除却することを命じた除却命令は、無効であることを確認する)なお、さらに同命令の不存在確認をも求めているが、本件訴状を通読すれば、右不存在とは、事実上不存在のことではなく、法律上不存在もしくは当然無効の意と解される)。被告が、昭和三五年四月二六日付で、原告らに対し、右各所有建物を同年六月三〇日までに撤去することを命じた撤去命令は、無効であることを確認する。被告が、右同日付で、前記除却命令について、原告らに対してした行政代執行の戒告は、無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」旨の判決を求める、右撤去命令の無効確認請求が理由のないときは、予備的に、「右撤去命令を取り消す。」との判決を、また、右戒告の無効確認請求が理由のないときは、予備的に、「右戒告を取り消す。」との判決を求めると申し立て、その請求の原因として、つぎのとおり陳述した。

一、原告らは、別紙第一目録記載のとおり、各建物を所有している。

二、被告らは、昭和三五年四月二九日頃原告らに到達した別紙戒告書により、同年六月三〇日までに右各所有建物の撤去を命じ、もし撤去しない場合は、被告において代執行をする旨の戒告をした。

三、しかしながら、右戒告書に表示されているところの、被告が、原告ら(ただし、広とき、同登志子、同栄吉、同新次を除く)および亡広栄次郎に対し、右各所有建物を昭和三一年九月一日までに除却することを命じた除却命令は、いずれもつぎのような理由により、法律上不存在もしくは当然無効である。

(1)  右除却命令は、いずれも原告らに送達されていない。

(2)  かりに、右送達があつたとするも、右除却命令には、つぎのような重大かつ明白な瑕疵がある。

(イ)  被告は、昭和二五年六月一五日、戦災復興土地区画整理事業施行の一環として、旧特別都市計画法に基き、別紙第二目録記載のとおり換地予定地を指定した。

(ロ)  右目録記載の従前の土地原富美香の所有地を除くには、当時、別紙第三目録記載のとおり、原告小川、同竹口、同宮崎、同中田ならびに訴外栗山勲、同堀稔および亡広栄次郎がいずれも建物所有を目的とする賃借権を有していた。

(ハ)  ところで、旧特別都市計画法によれば、換地予定地が指定された場合には従前の土地の賃借権者は換地予定地につき従前の土地に対すると同様の使用収益ができるのであり、その範囲は、換地予定地指定通知のほかに関係者に通知すべきものとされている。にも拘らず、被告は、右換地予定地指定通知のほかに、利害関係人たる前記賃借権者らに対し、なんらの通知をしなかつたばかりか、換地予定地の使用収益方法について指導せず、法律に暗いため右使用収益権のあることを知らない右賃借権者らに対し、従前の土地から被告の指示する県有地に移転するよう強要したので、これらの者は、昭和二六年三月初旬、やむを得ず別紙第一目記載のとおり建物を移築した。

(ニ)  原告浜口は、昭和二七年三月二七日、前記栗山および堀共有の建物を買い受けた。

(ホ)  つぎに、被告が前記原に対して指定した換地予定地上には、従前から建物が存在しており、新たに使用収益ができない状態にあつた。このような場合、被告は、右建物を取り除いて新たに使用収益ができるようにすべき義務があるにも拘らず、その義務を履行することなく、右原に対し、従前の土地から被告の指示する県有地に移転するよう強要したが、同人は、これを拒絶した。そこで、当時、右従前の土地上に存在した同人所有の建物を賃借していた原告諸隈および同尾崎において、右原と協議の上、かつ被告の承認を得て、右原の建物所有者としての地位(換地予定地の代りに被告の指示する県有地を使用収益し得る地位)を承継することとなり、被告の指示により、別紙第一目録記載のとおり建物を移築した。

(ヘ)  被告が、昭和二五年六月一五日、換地予定地を指定した事情は、以上のとおりであり、このような被告の行為は、人民への奉仕者たるべき公務員の義務にも反するのである。なお、被告の強要により前記のとおり建物を移築した者らは、将来長くその敷地を被告から信用できるものと思つていたところ、建物の移築が完了するや、被告において右の者らに対し、右敷地は道跡予定地であるから一時使用を許可するにすぎない、将来建物移転の必要が生じた際には、当事者の話合いで決めることにする旨言明した。そこで、右建物所有者らは、将来建物移転を被告から要求される場合には、前記換地予定地相応の換地が与えられるか、あるいはこれに代る方法が当事者間で決められるものと期待していた。このような経緯があつたため、被告において昭和三一年六月頃までに二回ばかり、右建物所有者らに対し、換地の提供を試みたけれども、いずれも実現しなかつた。

(ト)  以上のような事情よりすれば、被告の発した前記建物除却命令は、高度の違法性を帯び、その瑕疵たるや重大かつ明白であるといわなければならない。なぜならば、前記のように建物所有者らの有する換地予定地に対する使用収益権の行使を不可能としながら、かりに、被告が右所有者らに対し、従前の土地上に存在する建物の除却を命じたとすれば、該命令の瑕疵が重大かつ明白であることはいうまでもないところ、本件のように、建物所有者らを一旦強制的に換地予定地以外の土地に移転させ、その後数年を経ずして、右移築建物の除却を命ずることは、前記の場合と理において同一だからである。

(3)  原告広とき、同広登志子、同広栄吉、同広新次は、昭和三四年一〇月二九日、前記広栄次郎の死亡によつて、その建物の所有権を共同相続した。

四、つぎに、前記(第二項)撤去命令は、前記除却命令に基く建物除却期間を昭和三五年六月三〇日まで延長したものであり、当然右除却命令を前提とするものであるから、前提たる除却命令が前記(第三項)の理由により法律上不存在もしくは当然無効である限り、当然無効であるか、そうでないとしても違法として取消を免れない。かりに、右除却命令の瑕疵が重大かつ明白でないとしても、同命令が違法であることは明らかであるから、これを前提とする右撤去命令も違法として取消を免れない。

五、さらに、前記(第二項)行政代執行の戒告も、右撤去命令と同様の理由により当然無効であるか、そうでないとしても取消を免れない。

被告訴訟代理人および指定代理人は、「原告らの請求を棄却する、訴訟費用は、原告らの負担とする。」旨の判決を求めると申し立て、答弁として、つぎのとおり陳述した。

一、原告らが、別紙第一目録記載のとおり、各建物の所有者であること、被告が、原告ら主張の頃、その主張にかかる戒告書で原告らに対し、行政代執行の戒告をしたことは認める。

二、被告は、昭和三一年六月一日付で、原告ら(ただし、広とき、同登志子、同栄吉、同新次を除く)および亡広栄次郎に対し、前記各所有建物を同年九月一日までに除却することを命じた。その理由は、つぎのとおりである。

(1)  原告小川および亡広栄次郎は、訴外藤瀬直孝から、原告宮崎、同中田は、訴外西脇英三から、原告竹口は、訴外甲斐初代からいずれも昭和二二年頃、長崎市築町所在の宅地の一部を賃借し、木造バラツクを建築所有していた。

(2)  原告諸隈、同尾崎は、その頃、訴外原富美香から長崎市築町三三番地所在の木造平家建建物の一部を賃借居住していた。

(3)  右地域は、いずれも長崎国際文化都市建設計画の一環である復興土地区画整理区域内であつて、街路工事施行のため支障となるところから、前記建物は、昭和二六年三月、全部除却された。

(4)  右除却に先だち、右原告らは、従前の土地、建物の賃借期間が一時的なものであつたことや、土地区画整理施行者たる被告から土地賃借権者として換地予定地の指定通知がうけられなかつたことのため移転先に困り、被告に対し、適当な移転先の斡旋方を要望した。

(5)  そこで、被告は、右原告らの要望を容れ、旧戦災復興土地区画整理施行地区内建築制限令(昭和二一年勅令第三八九号)の規定により、向う三カ年の存続期限を附して、長崎市中央橋右岸橋詰より下流に至る中島川沿の街跡敷の使用を許可した。その後、原告らにおいて右場所に建築した建物が、前記除却命令の対象となつているのである。なお、原告浜口は、訴外栗山勲、同堀稔が右使用許可地域内に建築した建物を、昭和二七年三月頃、同訴外人らから買い受けたものである。

(6)  しかして、右許可期限が経過したので、被告において前記制限令第五条第二項、土地区画整理法施行令附則第七条の規定により、前記除却命令を発し、同命令は、即日、各名宛人に到達した。

三、原告諸隈、同尾崎を除く原告らは、被告が、昭和二五年六月頃、前項(1)および(2)の地域につき換地予定地を指定するに際し、同地域内の土地上に建物所有を目的とする賃借権を有していた同原告らに対し、換地予定地上の使用収益し得べき範囲を通知しなかつたことを違法であると主張するが、右原告らは、当時、いずれも右土地賃借権につき登記を経由しておらず、また特別都市計画法施行令第四五条に定める届出もしていなかつたので、被告が右通知をしなかつたとしても、なんら違法ではない。

四、つぎに、原告諸隈、同尾崎は、被告が、昭和二五年六月頃、訴外原富美香に対して指定した換地予定地上には、他の建物が存在していたため、従前の土地から右予定地へ建物を移転するに困難な状況にあつたと主張するが、右原が指定をうけたのは、一九〇坪余の土地であり、その一部に建物が存在していたとはいえ、一〇〇坪余の空地があつた。しかして、被告には、土地区画整理施行者として、右予定地上の建物を除却すべきなんらの権限もなく、またその義務もないものである。

五、なお、被告は、前記除却命令を発するについて、当時の建物所有者らに対し、換地(移転先)を提供する義務を負わなかつたのであるが、住民福利の立前から、できるかぎり移転先の斡旋につとめたにすぎない。それにも拘らず、原告らは、一方的な要求をするのみで、なんらの妥協もしようとしなかつた。

六、以上のとおりであつて、本件除却命令および戒告は、いずれも適法である。

(証拠省略)

理由

一、本件除却命令の無効確認請求について。

(1)  原告ら(ただし広とき、同登志子、同栄吉、同新次を除く)および亡広栄次郎が、昭和三一年六月頃、別紙第一目録記載のとおり、各建物を所有していたことおよび右原告らが現在に至るまで右各建物を所有していることは、当事者間に争いがなく、原告広とき、同広登志子、同広栄吉、同広新次が、昭和三四年一〇月二九日、右広栄次郎の死亡により、右建物の所有権を共同相続したことは、被告において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。されば、原告らは、いずれも本件除却命令の無効確認を求める法律上の利益を有すること明白である。

(2)  そこで、本件除却命令がその名宛人らに送達されたかどうかについて判断するに、証人氏原竹次郎、中村和夫の各証言ならびに同各証言によりいずれも全部真正に成立したと認められる乙第一ないし第三号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、被告が、昭和三一年六月一日付で、原告ら(ただし、広とき、同登志子、同栄吉、同新次を除く)および亡広栄次郎に対し、別紙第一目録記載の各所有建物敷地に関する旧戦災復興土地区画整理施行地区内建築制限令第四条の規定に基く使用許可期限が経過し、土地区画整理上支障があるとの理由により、右制限令第五条第二項、土地区画整理法施行令附則第七条の規定により、同年九月一日までに右各所有建物の除却を命じたこと、長崎県技師氏原竹次郎および同技師補中村和夫が、上司の命をうけて、同年六月一日午後三時頃、右各除却命令書のうち原告小川、同竹口、同浜口、同宮崎、同諸隈および亡広栄次郎宛のものは、いずれも各本人に、原告中田宛のものは、同一建物の階下に居住していた原告宮崎に、原告尾崎宛のものは、二軒隣りに居住し親交のあつた訴外中山カズヱに、それぞれ右書面の趣旨を説明した上、手交したことが認められる。

原告小川明男本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、前顕各証拠に照らしたやすく信用できず、証人中山カズエの証言もいまだ右認定を左右するに足らず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、証人中山カズヱ、二木勇、笹村文男の各証言に冒頭掲記の各証拠および弁論の全趣旨を綜合すれば、本件建物所在地一帯の建物については、昭和二八年頃から除却問題が生じたため、原告らを含む右建物所有者らの間で、将来の除却に備えて組合を結成し、事あるごとに集会を催していたこと、原告宮崎、同中田、同尾崎および訴外中山カズヱは、いずれもその頃から右組合に加入していたことが認められ、原告小川明男本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は、前顕各証拠に照らしたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、前記のとおり除却命令が送達されたことは、右組合員らにとり重大な問題であると認めざるを得ず、このことと原告中田と同宮崎、原告尾崎と訴外中山カズヱの前記各居住場所および交際関係ならびに右四名がいずれも前記組合員であつたことをあわせ考えれば、原告中田は同宮崎から、原告尾崎は訴外中山カズヱからら、それぞれ前記除却命令書発付日頃、自己宛の除却命令書を受領したものと認めるを相当とする。したがつて、本件除却命令の送達がないとの原告らの主張は理由がなく、本件除去命令は、行政処分としてその効力を発生したものというべきである。

(3)  つぎに、被告が、昭和二五年六月一五日、特別都市計画法に基いて、別紙第二目録記載のとおり換地予定地を指定したことは、被告において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

原告らは、右換地予定地指定の通知と共に、被告において、従前の土地上に賃借権を有する者らに対してもその使用収益し得る範囲を通知すべきであるか、すくなくとも法律に暗い者に対しては、右使用収益の方法について指導すべきであり、また、右換地予定地上にすでに建物があり、新たに使用することができない場合には、被告において右建物を取り除いて新たに使用し得るようにすべきであり、さような措置をとることなく、直ちに従前の土地上に存在する建物の除却を命ずる処分は、高度の違法性を帯び、その瑕疵たるや重大かつ明白であることを前提として、本件除却命令は無効であると主張するが、かりに、原告諸隈、同尾崎を除く原告(またはその被承継人)らが、前記換地予定地指定当時、前記各建物の敷地について、同原告ら主張のような賃借権を有していたとしても、同原告(またはその被承継人)らが、その賃借権について、登記を経由していなかつたにも拘らず、被告に対し、旧特別都市計画法施行令第四五条の定める届出をしていなかつたことは、同原告らにおいて明らかに争わないところであるから、同条ただし書の規定により、同原告(またはその被承継人)らが右賃借権を有することを被告において知つていたかどうかに拘らず、被告は、原告(またはその被承継人)らに対し、右換地予定地上の使用収益し得べき範囲を通知すべき法律上の義務を負わないのであり、また、法律知識に乏しい者に対し、右使用収益権の保全方法につき指導することは望ましいことではあるが、被告にその義務があるとはいえない。また、かりに、被告が訴外原富美香に対し、すでにその地上に建物が存在し新たな使用ができないような極めて不利益な換地予定地を指定したとしても、右のような換地予定地指定処分の瑕疵は、整理施行地区の土地の状態その他から見ての技術的合目的的判断、施行地区全体における換地予定地の地目、地積、等位その他諸般の事情を考慮しての比較判断の結果、はじめて明らかになるのであるから、原告諸隈、同尾崎の主張自体からしてて、右換地予定地指定処分が無効であるとは認めがたく、これが正当に取り消されたとの主張のない本件では、右処分は有効であるというべく、また被告において右換地予定地上の建物を取り除かなければならないものでもない。

されば、被告において前記通知または指導をすることなく、あるいは右建物を取り除くことなく、従前の土地上に存する建物の除却を命ずる処分が、人民への奉仕者たる公務員の義務に反し、高度の違法性を帯び、その瑕疵たるや重大かつ明白であるとはとうてい認めがたいから、原告らの前記主張は、その前提においてすでに理由がない。

(4)  また、原告らは、原告(またはその被承継人)らと被告の間で、本件建物除却の必要が生じた場合、その方法については当事者の話合いにより決定する旨の合意が成立していたのであるから、原告(またはその被承継人)らに対し、相当の換地を提供することなく、一方的に建物の除却を命じた被告の処分は、当然無効であると主張するもののようであるが、かりに、右合意が成立していたとしても、そのことから直ちに、被告が右建物除却を命ずる際には、被告において、原告(またはその被承継人)らの得べかりし前記換地予定地に相応する換地(移転先)を原告(またはその被承継人)らに与えるか、あるいはこれに代る方法をとるべき義務を負うに至るものとはとうてい認めがたいのみならず、被告が、昭和三一年六月頃までに二回ばかり、原告(またはその被承継人)らに対し移転先の提供を試みたことは、原告らの自認するところであるから、原告らの主張するような移転先を提供することなく、あるいはそれに代る方法をとることなく発せられた本件除却命令が、無効であるとはいいがたい。

(5)  以上判示のとおり、本件除却命令が無効であるとの原告らの主張は、いずれも理由がなく、他に右命令を無効ならしめる事由の存在については、なんらの主張もないから、本件除却命令の無効確認を求める原告らの請求は、理由がないものとして棄却を免れない。

二、本件撤去命令の無効確認ならびに取消を求める訴について。

(1)  被告が、昭和三五年四月二六日付で、本件除却命令について、別紙のような戒告書により原告らに対し行政代執行の戒告をし、その戒告書が同月二九日頃原告らに到達したことは、当事者間に争いがない。

(2)  ところで、原告らは、右戒告書中の「建物を昭和三五年六月三〇日までに撤去されたい」旨の文言をもつて、被告の原告らに対する独立の行政処分たる撤去命令であると主張するけれども、右戒告書の全文ならに行政代執行法第三条第一項により判断すれば、右文言は、前記除却命令によつて原告らに課せられた建物撤去義務の履行を、被告において相当な期限を定めて催促する趣旨のものにほかならないことが明らかである。したがつて、原告らのいわゆる本件撤去命令は、前記行政代執行の戒告の構成部分たるにすぎず、一個の独立した行政処分として行政訴訟の対象となり得るものではないから、その無効確認を求める訴も、取消を求める訴も、共に不適法ととして却下を免れない。

三、本件戒告の無効確認請求について。

(1)  まず、前項において認定した行政代執行の戒告が、行政訴訟の対象となり得るかどうかについて判断するに、なるほど戒告は名宛人に対する義務履行の催告的なものにとどまり、既に生じた義務に新たな変動を生ぜしめるものではないけれども、他方それは、単なる通知行為ではなく、行政代執行の前提としての法律上の効果を伴うことは、行政代執行法第三条に徴し明らかであるから、いわゆる準法律行為的行政行為として、行政訴訟の対象となり得るものと解するを相当とする。

(2)  つぎに、原告らは、前記除却命令が法律上不存在もしくは無効であるから、該命令を前提とする本件戒告も無効であると主張するけれども、右除却命令が法律上不存在もしくは無効であるといえないことは、前判示のとおりであるから、本件戒告の無効確認を求める原告らの請求は、理由がないものとし棄却を免れない。

四、本件戒告の取消を求める訴について。

(1)  まず、本件戒告の取消を求める訴の提起に、いわゆる訴願前置主義の適用があるかどうかについて判断するに、本件戒告の先行行為たる前記除却命令の取消を求める訴の提起には、訴願の経由を必要としないと解されるので(都市計画法第二五条、第二六条、同法施行令第三条、前記旧戦災復興土地区画整理施行地区内建築制限令第五条、訴願法第二条、地方自治法第一五〇条)、右戒告についても同様に解すべきであるとの見解もあり得ないわけではないが、右除却命令は、戒告の準備的行為ではなく、これとは別個の目的をもつそれ自体で完結的な法律効果を生ぜしめるものであること、戒告の手続その他の要件は、都市計画法とは別個の法律たる行政代執行法に規定されていることに照らせば、前記見解にはにわかに賛同しがたい。

よつて、進んで考察するに、行政代執行法第七条第一項には、「代執行に関し不服のあるものは、訴願を提起し、または当該行政庁に対しては異議の申立をすることができる。」と規定されているところ、前判示のとおり、代執行の前提的行為たる戒告自体が行政訴訟の対象となり得ると解すべきであること、右第七条第一項にいわゆる訴願または異議の対象となる「代執行」とは、同法第二条に定める狭義の代執行と同じ意味に限定的に解すべき実質的な理由はないことをあわせ考えれば、右「代執行」には、戒告も包含されるものと解するを相当する。

つぎに、同条第三項には、「前二項の規定は、裁判所に対する出訴の権利に影響をおよぼすものではない。」と規定されているが、同項は、第一項の定める訴願の提起または異議の申立と裁判所に対する出訴との選択を当事者に許したものとは解しがたく、第一項により一般的に訴願の提起または異議の申立をすることができ、しかも、右訴願の提起または異議の申立をしても裁判所に対し出訴する権利を失うものではない旨を注意的に示したにすぎないものと解するを相当とする。

されば、違法な本件戒告の取消を求める訴は、行政事件訴訟特例法第二条のいわゆる訴願前置主義の適用をうけ、行政代執行法第七条第一項の規定により、訴願の裁決または異議の決定を経た後でなければ、これを提起することができないものというべきである。

(2)  ところで、本件戒告の取消を求める訴が該戒告につき行政代執行法第七条第一項の規定により、訴願の裁決または異議の決定を経て提起されたものであることは、原告らにおいてなんらの主張もせず、かつ立証もない。

しかして、前判示のとおり、本件戒告書が原告らに到達したのは、昭和三五年四月二九日頃であり、同戒告書に表示された建物撤去義務の履行期限は、同年六月三〇日であつたこと、しかも行政代執行法によれば、戒告後代執行に着手するには、原則として同法第三条第二項の定める代執行令書の作成および送達を必要とすることを考慮すれば、他に特段の事情があればともかく、そのような事情があつたことの主張のない本件においては、原告らが本件戒告につき訴願の裁決または異議の決定を経ることにより、著しい損害を生ずるおそれその他正当な事由があつたとは認められない。

よつて、本件戒告の取消を求める訴は、行政事件訴訟特例法第二条に違反するから、不適法として却下を免れない。

五、以上のとおりであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項ただし書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高次三吉 粕谷俊治 谷水央)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例